2003年度森泰吉郎記念研究振興基金による研究助成
研究報告書
「患者から見た医薬分業の評価についての質問紙調査」
― 研究結果の報告―
慶應義塾大学政策・メディア大学院
ネットワークガバナンス 医療福祉プロジェクト所属
高濱武史
1.記述統計より
■経験:
●分業未実施病院で行ったアンケートでも6割以上の患者は医薬分業を経験していた。
●行政や薬剤師会が行っている啓発活動について、「内容まで確認している」患者は全体の約2%、「確認したことがある」患者を含めると26%であった。
■医薬分業に関する知識:
●医薬分業の内容に関する質問には、相当程度の難易度の差があった。
●当然、医薬分業の経験がある場合には、難易度の高い質問に対しても、「知っている」という回答が増える傾向にあるが、飲み方・薬の形態の差【問1−6】、自己負担の差【問1−10】については、経験の有無に関わり無く回答率が低かった。
■薬局へのかかりつけの状況と薬剤師への信頼:
●14%程度の患者がかかりつけ薬局をもち、相談できる場所があると回答。
●薬剤師への信頼は、「大変信頼している」「信頼している」の合計は70%近くあり、非常に高い。
■病院選択:
●医薬分業をおこなっているかどうかは、病院の選択にはほとんど関係がないようだ。
■薬局選択の理由:
●薬局を選ぶ理由としては、交通の便と接客態度が良いことが主な理由であった。
●かかりつけ薬局を選べない理由としては、「選択する情報がないから」というのが主な理由。
■薬局に期待するサービス:
●薬局に期待するサービスの主なものはなんですか(複数回答可)、という質問に対して主な回答は、薬についての説明(75%)、調剤の待ち時間減少(35%)であった。
●薬を受け取る場所としてどこがいいですか(複数回答可)という質問に対して、一番が調剤薬局(66%)、次いで病院(50%)、その他は20%未満であった。
●薬の説明としてどのようなことを期待するか(複数回答可)という質問に対しては、効能・効果(83%)、副作用(77%)が最も高く、その他の項目でも、価格(24%)と食品との相互作用(36%)を除き、40%をこえる回答になった。
■医薬分業の評価:
●患者の半数が医薬分業している状態を望ましいとした。医薬分業の経験のある患者の方が、医薬分業を望ましいとする割合が高い。
●現在の医薬分業の形態に満足しているかという問いに対しては、「満足している」が全体の27%、「どちらでもない」が約51%、「満足していない」が14%であった(理由に関する分析は後述)。医薬分業の経験のある患者の方が、満足しているとする割合が高い。
●医薬分業によって医療の質が向上しているかという問に対しては、「変わらない」と回答した人が大多数であった(63%)が、肯定する回答が26%であり、否定的な回答は2%であった。特に、医薬分業未実施病院の中の医薬分業経験層で評価が高くあらわれていた。
⇒これは、医薬分業経験者が未実施病院に通院しているからこそ、
医薬分業のメリットを感じる部分がある のではないかと推測できる。
●医薬分業を推進すべきかという問に対しては、半数以上が推進に賛成(51%)し、推進に反対は4%と少数派であることがわかった。
2.基礎分析より
■クロス集計:
●知識・信頼・評価・患者特性について尋ねた質問では、医薬分業経験の有無とアンケート場所が分業病院か否かによって、回答が異なることがわかった。性別・年収・学歴などによって、回答に差が生じるものもあったが、それほど多くはなかった。
⇒分業実施病院同士(2病院)で回答を比べてみたところ、
有意な差はほとんど見られず、類似したサンプルとして扱えることがわかった。
※データは単純に結合せず、(分業経験の有無)×(分業実施病院か否か)
の4つのデータセットに分割して考える必要がある。
■相関分析:
●相関係数が高いものはあまりなかった(r>0.5で全体の1%未満)。
⇒多重共線性の問題はそれ程深刻ではない。
●相関係数が高くあらわれたものは、質問内容に関連性があるもの、知識と経験が一体化しているものなど相関係数が高いことが予め予測されるものであった。
3.構造分析より
■測定方法(医薬分業の評価):
「望ましさ」、「満足しているか」、「さらに推進すべきか」の3つの次元に加え、関係が深いと予測された「医療の質を向上させるか」という4つの指標で測った。
■構造分析の手順:
@上記の4つの要素の間の関係の明確化、Aこれら4つの要素と医薬分業の内容との関係の明確化、さらにBこれらと患者特性等との相互関係の明確化の順に行った。
@の分析の段階では、「薬剤師への信頼」が4つの指標に影響を与える非常に重要な要素として浮かび上がった。しかし、Aの段階に進むと、医薬分業の内容項目に影響力が一部吸収されることになった。 ⇒また、Bの分析は、@、Aの分析に吸収されてしまうことが判明した。
図 構造分析の結果(@&Aの代表例
■これからさらに医薬分業を推進すべきか(問7−4):
●医薬分業をさらに推進すべきかという問に対し、決定要因として統計的に有意にあらわれるのは、医薬分業自体の望ましさ【問7−1】と医療の質の向上【問7−3】であった。
●現在の医薬分業形態への満足【問7−2】は、どのモデルにおいても統計的に有意ではなかった。
■医薬分業自体の望ましさ(問7−1):
●医薬分業自体の望ましさの決定要因:
薬局選択の自由【問5−1】と薬局までの移動の負担感【問5−5】の二つは、4つの構造分析
(全体+部分分析3つ)のうち3つで統計的に有意な変数となり、この二つは決定要因として安定していることがわかった。
●副作用のチェック【問5−14】:全体と分業実施病院データセット
●薬価差益の解消【問5−16】:医薬分業経験有データセット
●薬剤師以外が調剤を行うことがなくなったこと【問5−17】:分業実施病院データセット
⇒上記データセットを用いた分析で、それぞれ有意な決定要因としてあらわれた。
※患者の窓口負担、病院や薬局での待ち時間、プライバシーの保護、処方ミスの減少の可能性、調剤ミス、服薬指導、薬剤師の質の向上については、いずれのモデルでも決定要因としては有意ではなかった。
■現在の医薬分業形態への満足(問7−2):
●決定要因として共通してあらわれる変数は存在しなかったが、薬局で行われるサービスと時間コスト・移動の負担感に関わる変数が有意にあらわれている。
⇒以上6つの質問は、4つの構造モデルのうち少なくとも1つで有意な決定要因となった。
※患者の窓口負担、プライバシーの保護、処方ミス・調剤ミスの減少の可能性、薬価差益の解消については、いずれのモデルでも決定要因としては有意ではなかった。
■医薬分業によって医療の質は向上しているか(問7−3):
分業未実施病院データセット以外の3つのデータセットで、医療の質に影響する有意な決定要因としてあらわれた。
●薬剤師の質【問5−18】
●調剤ミスの可能性【問5−12】
●薬の管理体制への不安【問5−13】は、全体データセットと医薬分業経験ありデータセットで、それぞれ決定要因として有意にあらわられた。
●副作用のチェック【問5−14】、薬局での待ち時間【問5−8】、プライバシーの保護【問5−9】、薬の選択の幅増【問5−19】は、4つの構造モデルのうち少なくとも1つで有意な決定要因となった。
※服薬指導、患者の窓口負担、移動の負担感、病院混雑の解消、薬価差益の解消による信頼についてはいずれのモデルでも決定要因として有意にはあらわれなかった。
■薬剤師への信頼(問3−8):
●薬剤師への信頼については、プライバシーの保護【問5−9】が複数のモデルで共通して有意な決定要因としてあらわれた。その影響力は非常に大きくあらわれており、ひとつの変数だけで分散の4割弱を説明するという結果があらわれた。
●調剤場所の自由【問5−1】、処方ミスの可能性減【問5−11】、処方薬の選択幅が増えることでの医師への信頼増加【問5−19】の3つの要素は、4つの構造モデルのうち少なくとも1つで薬剤師への信頼を決める要因となった。
※患者の窓口負担、服薬指導、副作用のチェック、薬局での待ち時間、薬局で気軽に相談できること、薬剤師の質の向上など薬局に関係あると思われる項目は、いずれのモデルでも決定要因として有意ではなかった。
4.総合的な結論
■患者データを用い、医薬分業の評価に関する決定要因構造を分析することに初めて成功した。
■医薬分業の望ましさ、満足度、推進の可否、医療の質、医薬分業の諸要素、知識、薬剤師への信頼などといった多くの要素とその相互関係を明確にすることによって、患者が医薬分業をどう評価しているかを、その決定要因を含め、定量的に測ることができた。
[今後の展開]
@今回の分析結果が全国でも通用するのか否かについて確かめるには、他地域でも同様の調査をする必要がある。A患者の満足度を上げる諸方策(例えば、プライバシー保護の確保、副作用チェックの徹底、薬歴管理の可視化など)が実際どれだけ効果があるかを、定量的に測ることも可能。